グランド・ツーリズムとは
1. 現代の旅行の起源 ―グランド・ツーリズムとは
現在の観光の起源は,18世紀のイギリスの「グランド・ツアー」だと言われている。
この時代の観光は,まだ蒸気機関が発明されていない時期なので,蒸気機関車や車などがない時代である(蒸気機関車が発明されることで,現代的なイメージのマス・ツーリズムが生まれた)。
よって,当時の観光は,馬車や徒歩が中心であった。馬車や徒歩が中心であれば,あまり長い距離は移動できないと考えるかもしれないが,当時のイギリスのグランド・ツアーは,イギリスから海を越えて,フランス,イタリアへと巡る旅が主流であった。旅行期間も2か月から数年に亘るほどの長い期間であった。
2. グランドツアーの学びの目的と対象
グランド・ツアー自体は,歴史的には16世紀からヨーロッパで広く行なわれていた。しかし,イギリスが,グランド・ツアーを慣行化し,社会的な制度にまで高めて洗練させたという点で,イギリスのグランド・ツアーが現在の観光の起源と言われている。
グランド・ツアーとは,「貴族の子弟が社会に出る前に,教育の仕上げとして組み込まれた旅」である。グランド・ツアーでは,外国で新しい知見を学んだり,自国で学んだ古代ギリシャやラテン文学の作品で表現された地を見学したり,芸術作品を鑑賞するといった「芸術,学芸上の目的」から行われた。このことから,グランド・ツアーとは,「教養旅行」と呼ばれる。
当時のヨーロッパの中でも,イギリスはイタリア文化の影響を強く受けていた。そのため,イギリスの子弟は,イタリアに行くことが「学びの地」として最適と考えられた。
貴族の子弟は,いずれは一族の領地や事業を継承して,経営的に発展させ,社会・経済的な活躍を担う存在でもある。そのため,旅先では,その地の貴族の領地・事業経営や他国の政治経済など,幅広く学んだ。
以上より,当時のグランド・ツアーは,「芸術,学芸上の教養観光」であると同時に,「自身等の事業発展のためのB to B的な観光」であった。
3. グランド・ツアーと一流家庭教師の関係
グランド・ツアーの最大の特徴は,「旅行に一流の家庭教師を必ず引率させる」という点である。
この時代の貴族の子弟の家庭教師は,現在の学習塾的な家庭教師とは一線を画している。現代的なイメージに近いものとしては,当時の一流の家庭教師は,「一流の大学教授・学者」である。実際,世界的に著名な学者であるアダム・スミスやトマス・ホッブズも,貴族の子弟の家庭教師をしており,グランド・ツアーを引率していた。
グランド・ツアーは,旅行に行く前から始まっている。貴族の子弟は,旅行前より,家庭教師から,徹底した教育を受ける。そのうえで,旅行先の現地で,実物や社会・経済・政治などを見ながら,さらなる家庭教師からレクチャーを受け,学習の精度を高めていった。